こんな契約者になればイザ事故を起こした時損をしない

宣伝文句や営業マンの笑顔の裏にある冷たい別の顔

保険というのは、一度見積もりを行い会社を選び、契約してしまうと何か事が起こるまで、平常の生活では思い出すこともない。自動車保険も例外でなく、契約している保険会社や保険金額をいつも頭に浮かべながら、ハンドルを握るというようなことはない。しかし、ただ何となくしっかりと見積もりを行った結果、納得できる保険に入っているから、という安心感はある。ところがそれも一旦事故になると、こんなはずではなかった、という思いをさせられることが多い。自分が期待していたことと、保険がしてくれることの間に大きな差があるのを知ることになる。
保険には、別の顔がある。それは、契約を勧誘する宣伝広告や営業社員の笑顔の裏にある別の顔である。普段からその顔を知り、うまく付き合って行くのが賢明である。そうすれば、こんなはずではなかった、と苛立たないで済むだろう。
ここでは、保険をどう見て、どう付き合っていくのが賢いかということについての二、三の基本的なことに触れてみたい。

保険に甘えず限界を知る

保険金は、その査定は厳しく、金額も決して十分ではない。それに加害者になると、被害者から、「あの保険会社は誠意がない」 というクレームがつくことが多い。(交渉は任せておいてください、ということだったのに、一体どういうことだ) と言いたくなる。
しかし、これは保険会社を責め得ることではない。その対応に特異な問題がある場合は別として、これは保険に対する理解不足が生んだものであり、かけるに適しない期待をかげているからである。
保険会社は、事故当事者ではないし、担当者は契約にしたがって加害者の賠償責任の履行を職務として代行しているにすぎない。だから道義上の責任は全くない。加害者が担当者にその責任を肩代わりさせることは出来ないし、被害者が加害者と同じような誠意を求めるのは、お門違いというものである。もし、誠意を要求するというなら、それは職務を真面目に遂行する誠意しかない。
それに保険金の見積もりと査定は、原状に復するというのが原別であって、法で定められた自賠責保険や永年にわたる補償実務、裁判例の積み重ねなどを基盤にして、保険会社は保険金の基準、範囲を規定しており、その域を越えることは出来ない。しかも、それは定額定則制であって、査定は事務的である。
保険会社の担当者は、そのほとんどが職務に忠実で真面目である、と思う。しかし、職務に忠実で真面目であればあるほど、事故を処理し保険金を査定する担当として、この心得に徹しなければならない。

これらのことは、平常時にはわかっているつもりなのであるが、一旦事故になると、その異常な精神状態ではすぐに消し飛んでしまう。保険というのは、第三者であってビジネスライクなものだ、ということを、たとえ当然のことであっても、日頃からしっかりと理解しておくのが賢明というものである。

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