手強いけど話のわかる契約者になれ

保険の満期が近くなると、「満期更改のご案内」というハガキが来る。それには、言葉はいろいろであるが、「現在のご契約」と並んで「おすすめ契約」という欄があって、そこにモデルプランが記載されている。現在がPAPであったら車両を付けてSAPに、対人対物を無制限にとか、要するに保険料が現在より高くなるような設定がなされている。
勿論、今度は更改を機会にこの契約内容でいこう、とよく考えての決定のこともあるだろう。しかし、中には何も考えなくて、保険会社のおすすめであればこれにしとこうか、という契約者もいる。そうすれば、万が一、事故の時には保険会社のおすすめどおりの方が何かと好都合だろう、というような気持ちもあって、契約内容をろくすっぽ確かめもしない契約してしまう。この時点で、保険会社の営業員や代理店が、「そうしとくのが一番」などと言うと、もう決定的である。
保険会社は、このようなタイプの契約者を最も好む。しかし、その反面に最も警戒している(自動車保険の見積もりにおいても、あまり考えずに選んでしまうのはこういうタイプの契約者である)。というのは、このタイプの契約者は、一旦加害者になっても、被害者になっても、保険会社にとっては、扱いにくい相手になることが多いのである。
保険のことは、契約から事故になった時の保険金の支払いまで、保険会社に一切任せるというのは、大いに歓迎するところなのであるが、このタイプには往々にして、「何でも保険はしてくれるものだ」という思い込みがある。「保険というのは、契約者の利益を100パーセント守ってくれなければならない。そのたに高い保険料を払っている」
だから、保険会社の対応に満足しないと、いつまでも要求して際限がない。しかも、その主張は論理性があるとは言えないから、担当者も困惑してしまう。結局は保険金額の問題なのであるが、その肝心な点をぼかした要求を続ける。許せるギリギリの範囲でいくら保険金額を修正しても、まだ損をしている、という気持ちがどうしても消えない。保険会社は出そうと思ったら、もっと出せるはずだ、というわけである。それも、他人が高額の保険金を貰ったという話を聞いていたりすると、余計に始末が悪い。
業を煮やした担当者は、この相手はまともな折衝ではらちがあかない、と愛想をつかして、顧問弁護士に委託してしまい、とどのつまりには債務不存在の確認訴訟にまでいってしまう。その結果は、要求どおりになるとは限らない。事故になって、解決がダラダラと長引くのは、このタイプが多く、あまり得するタイプとは言えない。
保険会社が、表も裏もなく一番好意を持つのは、要求らしい要求は何一つせず、しかも提示された保険金を、「有難うございました。お世話をかけました」と言って受け取るタイプである。この保険金じゃ満足出来ない、とか、このくらいの金額は当然だ、というような態度が全くない。
中には、後で丁寧な礼状を寄越すこともある。このような相手であると、担当者は、もっと何とかしてあげたい、と正直に思うものである。本人は要求していないことでも、何とか支払えないだろうか、と真剣に思案したりする。結果的には、得をするタイプである。っとも、そのような相手であるのをいいことに、いい加減な査定をして口を拭っておくような担当者がいないわけではないが、そのような例はごく稀と考えたい。
少し手強いけれども、話が通じやすい、と歓迎するのは、言動に良識と教養が感じられ、要求が冷静で論理的であるタイプである。「満期更改のお知らせ」もよく吟味し、他のサービスの良い保険会社への見積もりも選択肢にも入れて考慮し、いよいよ契約する時にも納得するまでは応じない。そのような相手は、保険というものの性格がわかっていて、査定の内容や限界を心得ている。
保険会社が支払える保険金について、専門レベルではないにしても、一応知識があるから理解も早い。担当者は、余計な手聞をかけないで済む。その代わり、対処にミスがあったり、不当な言動があると鋭く指摘され是正を求められたりする。しかし、担当者は保険査定の職能者として、むしろこのようなタイプを好んでいる。
「要求どおりにしないなら、裁判にしてもいい」などとすぐ口にするタイプがある。保険金の折衝が、別に行き詰まっているわけでもないのに、気にいらない金額だからそれを増額するための手段として、この台調が口をついて出て来る。「大蔵関係の役人に知人がいる保険会社を監督する筋の人だ」とか、「市会議員に懇意にしてるのがいる」「警察署長が知り合いだ」などと言うこともある。「大手の損保のえらいさんを知ってるから、そっちのやり方を一度聞いてみる」と言ったりするのも、このタイプである。要するに、自分の要求を通すのに、何かの強い力がこちらに付いていることを誇示すれば、効果があると思っている。
保険会社が、最も嫌うのはこのタイプで、担当者はこのような台調を聞くと、途端に反感を持ち、(好きなようにしたらいい) と内心思い、査定は規定を無視はしないが非常厳しくなり、要求には頑なに耳をかさなくなる。
「裁判に訴える」というのは、担当者にとって裁判で保険金支払いに法的な強制力が課せられれぱ余計な割酌をしないで済むからむしろ歓迎したい。それも相手から起こす訴訟であれば、願ったり叶ったりだ。自分の責任圏外で事は終わる、と喜んでいる。
高級役人、議員、警察幹部、大企業のえらいさん…このような類いは、非常識なが折衝の場で何とか自分の要求を通す手段としてよく持ち出す。ひところまで暴力団がらみの組や幹部の名前が出て来ることがあったが、最近は保険会社のこの種の圧力に対する意識は大きく様変わりしており、さすがにほとんどないようである。これらは、一見威勢よく見え何とか要求が通りそうな気がするが、結局、損をするタイプである。
担当者は、相手が見積もりにより査定した保険金額に不服を唱えていろいろと反駁しても、それが規定に従ってなされた結果であれば、いささかも動じない。自分の対応には、決してやましいところはない、という自負もあるし、たとえあっても、それを正当化する理屈付けの要領を心得ている。その上、◎◎保険会社という看板を後に意識し、その庇護の下にあるという安心感もある。この意識は、担当者の精神的な強固なガードとなっている。それに、権力や力があって社会的に影力のある者を引っ張り出して、担当者個人ではなく会社に圧力を掛りても、組織は自衛的にその担当者を擁護するから、まず効果はない。いずれにしても強く反発されかえって状況は悪くなることが多い。
何も保険会社に迎合する必要は毛頭ないし、そうかと言って争うこともない。どのように担当者に接するかは、勿論自由であるが、益のない反発を買うのもつまらないことである。保険というものをよく理解して、メリットのある付き合い方をするのが賢明というものある。

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